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About 研究概要

  概要

 人間にとり負債とは何か。本研究では、この問いの答えをアジア、アフリカ、オセアニア、ヨーロッパ諸社会の民族誌的事例を通じて探求する。現金の貸し借りであれ、恩や義務であれ、負債は人間を隷属状態におく契機ともなれば、社会結合や事業を生み出す創造的契機ともなる。経済・政治・倫理にまたがるそのプロセスを通文化的に比較研究することにより、他者に負うという経験のダイナミズムを明らかにする。そのことにより、「私的利益を追求する合理的個人」=ホモ・エコノミクスにかかわる新たな人間像の提示を試みる。

  研究方法

(1)本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」

 冷戦崩壊後の世界では、各国における規制緩和や情報技術の発達にともない、金融サーヴィスが飛躍的な拡張をつづけている。貧困者向けのマイクロクレジットや、携帯電話をつうじた送金システムの普及により、この運動はアジア、アフリカ、オセアニアの農村にまでおよびつつある。一方、2008年のリーマンショックにはじまり、欧州の債務危機へと波及した一連の金融不安は、こうした運動の問題点を浮きぼりにした。金融サーヴィスの利用は負債を負うことと同義であり、その「負」の影響はときに人の生存をも揺るがしている。
 こうした状況を背景に学の分野を超えて負債をめぐる研究が活発化するなか、個別の債務問題をどう解決するかという点ばかりでなく、「人間にとって負債とは何か」という根本的な点が問いなおされてきた。これが本研究の核心をなす学術的「問い」である。
 『大辞林』には負債が「他から金品を借り受けて、返済の義務を負うこと」とある。この定義によれば負債は商品売買とおなじ経済的な現象である。だが負債には経済に還元しえない性質がある。英語の”debt”が金品の貸借のみならず「恩義」や「罪」を共示する事実が示唆するとおり、負債は社会的存在としての人間のあり方と関わる複合的な現象である。負債が経済関係から社会関係にまたがることは世界各地に共通する(日本語の「借り」、ドイツ語の”Schuld”、ソンガイ語の”garaw”など)。「人間にとって負債とは何か」と問うことは、負債という普遍的ともいえる現象を手がかりに「人間とは何か」と問いなおすことでもある。
 かつて経済学は「人間とは何か」という問いの答えを市場経済に探り、「私的利益を追求する合理的個人」というホモ・エコノミクス像を作りだした。冷戦崩壊後の思潮において、この人間像は一定の説得力を得てきた。だが人は自己の利益のみならず、他者への負債(負い目)のために行為する社会的存在でもある。負債をつうじて「人間とは何か」と問うことは、ホモ・エコノミクスにかわる新たな人間像の探求につながる。

(2)本研究の目的および学術的独自性と創造性

 本研究の目的は、「人間にとって負債とは何か」という問いの探求により、ホモ・エコノミクスにかわる新たな人間像を提示することである。この目的を追求するため本研究では、文化人類学的な視座と方法論を採用する。
 これまでの負債研究のおおくは、西欧近代的な負債の観念を過度に一般化する傾向があった。たとえば、人間が金融的な破局のコストとリスクを引き受ける主体(=「借金人間[ホモ・デビトル]」)へ再構成される過程を論じたM・ラッツァラートの『<借金人間>製造工場』(原著2011年)は、1980年代以降の欧米における新自由主義的な経済状況下の分析には有効であるが、近年小規模金融が本格的普及をはじめたアフリカの農村―賃金労働も限られている―の分析にそのまま適用することはできない。
 そこで有効となるのが西欧と非西欧を同一地平で捉える文化人類学の視座である。R・ベネディクトの『菊と刀』(原著1946年)やE・リーチの『社会人類学案内』(原著1982年)に例示されるとおり、負債は古くから言及がある人類学の課題である。ただし古典的な議論の大半は、負い目や恩などの社会的負債を主対象とし、経済的負債の考察に欠けていた。この制約を打破したのがD・グレーバーの『負債論』(原著2011年)である。同書は、膨大な民族誌的資料を駆使して、負債が単なる経済現象ではなく社会的次元と関わることを論証し、金融資本の世界史的運動が私的利益の追求のみならず「負債は返さねばならない」というモラルに下支えされていることを解明した。西欧と非西欧、社会的負債と経済的負債を総合する展望を示した同書により、負債研究は新たな時代を迎えたといっても過言ではない。
 ところがグレーバーの『負債論』には、賛辞や批判は多数あるものの、同書が拓いた展望を発展的に継承した研究はごく限られている。理由のひとつは、同書の射程が広すぎるあまり、個人による検証が難しい点にある。この困難を乗りこえるには複数の専門家の知見を結集する共同研究の手法が有効である。他方、ウォール街占拠運動の理論的指導者であるグレーバーの議論は、負債による不当な支配から人間をいかに解放するかという問題意識に貫かれており、負債めぐって生起する現実の多元性が十分に検討されているとはいいがたい。
 金銭の貸借であれ、義務や負い目であれ、負債が人間を隷属化する契機となることは確かである。しかしそれと同時に負債が社会結合や事業を新たに生みだす創造的契機となりうることも否定しがたい。なにより、支配と連帯のうちどちらの面がつよく顕れるかは個別具体的な状況に依拠しており、抽象的な理論からは説明しきれない。グレーバーは、負債を具体的関係から「脱脈絡化」する抽象化の暴力こそが、負債の経済化(貨幣による計量化)と無際限の増殖を招いたと論じたが、そもそも負債がいかなる人間や自然との関係に脈絡化されていたかという点、たとえば生業や生態環境が負債のあり方にいかなる影響をおよぼすかという点は十分に検討されていない。つまり、負債の「脱脈絡化」を批判的に論じたグレーバーの議論は、それ自体が負債の過剰な「脱脈絡化」にもとづくという問題を抱えている。
 本研究では、アジア・アフリカ・オセアニアのフィールドで別個に負債の問題に直面してきた文化人類学者と、社会思想と経済思想の分野で負債を研究してきた専門家の協働により、農村生活の具体の場で生起する経済的負債と社会的負債との複雑なもつれあいに着目して、負債のダイナミズムを解明する。グレーバーが拓いた新たな負債論の地平を、アジア・アフリカ・オセアニア農村の民族誌的事例のなかへ「再脈絡化」し、負債をめぐる現実の多元性から人間存在を問いなおす研究であること。ここに本研究の独自性と創造性がある。

(3)本研究で何をどのように、どこまであきらかにしようとするのか

 本研究の主対象は、現在のアジア・アフリカ・オセアニアの農村で営まれている比較的小規模な負債をめぐる実践と言説である。欧米の金融や公的債務の研究に比べて、この地域の負債研究は限られているが、そこでこそ新たな金融サーヴィスの普及にともなう負債の再編が活発化している。本研究では、これらの地域で調査を重ねてきた人類学者が、以下4つの共通課題のもとでインテンシヴな調査をおこなう。

 課題①「何を負うか」:

人が借金といった経済的負債を負うのかそれとも負い目や恩といった社会的な負債を負うのかは本研究の前提となるポイントである。ただし重要なのは、両者の区別というより、両者が分かちがたく結びつく局面である。たとえば、パトロンからクライアントに贈られる現金は、返済すべき経済的債務というより、受け手に負い目を作りだす社会的債務にあたる。また、オセアニアの貝貨のように、社会的負債をも経済的負債に変換するはずの貨幣自体に独自の社会的価値が付与されているケース―いわば社会的負債を媒介するメディアとしての貨幣―もある。

 課題②「誰(何)に負うか」:

誰に負債を負うかは、負債の性質を左右する問題である。おなじ借金であれ、債権者が両親か金融機関かによって負債の重みは一変する。アジア・アフリカ・オセアニアの農村においては親族、地縁、友人、パトロン-クライアントといった関係が重要性をもつ。さらに債権者が非人間(ノン・ヒューマン)である可能性もある。神、精霊、動物、自然に対する負債が人間社会にいかなる影響をおよぼすかという点は、人間観の更新をめざす本研究にとり必須の論点となる。

 課題③「なぜ負うか」:

負債の理由は様々であるが、農村社会では農業等の生産活動をめぐる負債が重要である。一口に農業といっても、茶やコーヒーなどの多年生換金作物の栽培か稲などの一年生食料作物の栽培かによって、また前借される事物が現金か、種子・肥料などの投入材か、労働力かによって負債の性質は左右される。結婚、葬儀、進学、教育といったライフステージに付随して生じる負債、新たな事業の立ちあげのために必要な負債、娯楽や賭博のために負う負債も重要な調査対象となる。

 課題④「いかに負うか/いかに返すか」:

これは負債の制度化の度合いと関わる問いである。協同組合による前貸や村落内の互助などの公的制度を調査する場合には、制度が実際にいかに運営されているかに注視する。逆に制度化されていない負債の場合には、そうしたインフォーマルな実践が経済活動(生産、消費)や社会活動(儀礼、教育)をいかに支えているかに着目する。あわせて重視するのが返済方法である。借り以上のお返しが必要な場合も(有利子負債、ポトラッチなどの競覇的返礼)、逆に可能な範囲で返せば良い場合(パトロンへの返礼など)もある。また返済期間も論点となる。社会的負債の完済は人間関係の解消につながりかねないため、返済期間が故意に定められないことがおおい。他方、債権者が債務者に返しきれぬ負債を負わせ、可能な限り長期間利子の回収を目論む経済的負債もある。
 以上の4課題にそって進めた調査の結果は、各年度に1~2回開催する研究会の場で逐次報告し、理論班の助言を受けながら考察を掘りさげていく。3年目には、D・グレーバーを招き国際シンポジウムを開催し、そこで得られた意見や批判をふまえて全メンバーが論考を執筆、これを取りまとめた共著書を商業出版する。現代アジア・アフリカ・オセアニアの農村を生きる人びとが何を、誰に、なぜ、いかに負うかをあきらかにすることで、「人間にとって負債とは何か」という人類史的な問いに応答する。

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